自前主義と無償主義 2
あえて活動の対価があるとすれば、それは、自分の活動が相手から喜んでもらえたことへの内心の喜びです。
そして、その喜びが活動を持続するバネとなるのです。
ここで注意すべきことは、この喜びが、けっして特定の活動資源を費やすことのできる自分の経済的な余裕についての優越感とも、あるいは一方的な霊呈愚の施しを善行の証しと錯覚する自己満足とも無縁であることです。
ボランティア活動を欲する相手方の意向や要望への理解と配慮を欠いてボランティア活動がありうるはずがないからです。
この意味で、ボランティア活動はお節介ではありません。
ボランティア活動を通して結ばれる人間関係は、相手の喜びをわが喜びとするボランティアの心情と、自分に理解と支援の手をさしのべてくれる活動に感謝せずにはおれない受け手の心情との交流として成立するといえます。
しばしばボランティアは「社会奉仕家」と訳されますが、この訳語にはボランティア本人における自己犠牲的な奉仕感と相手方における負い目意識とが混じり合った気重な人間関係が暗示されています。
それよりも「ボランティア」というようにカタカナで表したほうが適切です。